弓部置換
浜松医科大学第一外科
数井 暉久

はじめに

  順行性選択的脳灌流法(SCP)補助下の弓部大動脈置換術について記述する。

1.術前脳血管障害の検索

  一般的な全身の術前検索に加えて、動脈造影、CT、MRIにて脳血管障害の状態を把握し、特に左右の内頚動脈、椎骨動脈のfour-vessel studyを行うことが必要である。

2.SCPのモニター

  1)右橈骨動脈圧、両側灌流カニューレ先端の灌流圧および灌流量、2)連続脳波、3)近赤外分光法、4)内経静脈血酸素飽和度、5)経頭蓋超音波ドップラー法などを用いる。

3.致達経路

 胸骨縦切開に左右鎖骨上窩横切開を加えることにより、上行、弓部大動脈、および弓分枝動脈の良好な視野が得られる。通常、左鎖骨下動脈起始部より5cm前後末梢側に下行大動脈を露出し得る。瘤径が大きければ気管分岐部(Th 5~6)の下行大動脈に致達しうる。しかし、動脈瘤がさらに末梢側に進展している場合は、1)左側胸膜を縦切開する、2)左第4肋間開胸を追加する、3)elephant trunk techniqueを用いる、4)左開胸下に超低体温循環停止を用いて手術を行うなどのオプションがある。

4.補助手段

1)体外循環

 通常の開心術と同様の人工心肺による体外循環を用いる。上行大動脈の超音波検査を行い、粥腫のないことを確認した後、送血用のカニューレを挿入する。静脈脱血はtwo-staged cannulaによる右房カニュレーションを行い、体外循環開始後、右上肺静脈より左室ベントを挿入する。心筋保護は順行性、逆行性にblood cardioplegiaを用いる(図1)。もしも上行大動脈に著明な粥腫が存在し、塞栓症の可能性がある場合は、右腋窩動脈を送血部位として選択し、8 mm人工血管を装着する(図2)。体外循環による冷却後、右総頚動脈にカニュレーションを追加し、SCPを開始する。

2)SCP

体循環とは別の一基ポンプを用いて腕頭動脈あるいは右腋窩動脈、および左総頚動脈に直腸温25℃前後で10 ml/kg/minの灌流を行い、右橈骨動脈圧を40~70 mmHgの灌流圧に保つよう調整する。なお、右椎骨動脈閉塞例、左椎骨動脈優位例、頭蓋内側副血行路の欠如例には、左鎖骨下動脈の灌流を追加する。体外循環中のpH調整にはα-statを用いる。なお、人工血管末梢側吻合の際には、動脈送血を停止し、大動脈を解放下に吻合するopen distal anastomosisを用いる。

5.人工血管の選択

 牛コラーゲンあるいはゼラチンで前処理した被膜型ウーブンダクロン人工血管、特に弓部大動脈全置換用の四分枝付き人工血管を用いる。

6.手術手技

1)真性大動脈瘤

 弓分枝動脈の再建手技としては弓分枝動脈の開口部を含む大動脈を島状に切離し、en blocに人工血管の側孔に吻合するen bloc techniqueと、四分枝付き人工血管を用いて弓分枝動脈をグラフト側枝で別個に再建するseparated graft techniqueがある(図3)。後者は弓分枝動脈の分岐部付近に好発する粥腫を完全に切除し、また、弓分枝動脈吻合部の止血が容易である利点より現在では第一選択として用いている。体外循環による冷却で直腸温25℃前後の時点で循環停止とし、SCPを開始する。四分枝付き人工血管末梢側を動脈瘤末梢の下行大動脈と吻合する。グラフト中枢を遮断し、4番目の側枝より順行性の下半身送血を再開する。左鎖骨下動脈と3番目の側枝を吻合後、体外循環による加温を再開する。グラフト中枢側を上行大動脈と吻合し、冠灌流を再開する。次いで、腕頭動脈および左総頚動脈を各々の側枝に吻合する。

2)急性A型大動脈解離

 急性A型大動脈解離例に対する同時弓部大動脈置換術の適応としては、1)内膜亀裂が弓部大動脈に存在する症例、2)内膜亀裂が中枢側下行大動脈に存在する症例、3)弓分枝動脈閉塞例、4)巨大な弓部大動脈解離腔例、5)真性弓部大動脈瘤合併例、6)重篤な合併症を有しないマルファン症候群などが挙げられる。
 手術手技としては、大動脈の外側、および内側にテフロンフェルトを置き補強するsandwich techniqueあるいはadventitial inversion techniqueによる解離腔の閉鎖、大動脈断端部の補強を行うこと、および、下行大動脈の真腔内に人工血管を挿入し、解離腔の閉鎖あるいは左開胸下に二期的に下行あるいは胸腹部大動脈手術時の中枢側吻合を容易ならしめるmodified elephant trunkを行うことを除けば、真性大動脈瘤に対する手技と原則的に同じである(図4)。

【図の説明】

図1.SCP: Two-Arch Vessel Perfusion (IA, LCCA)

図2.SCP: Two-Arch Vessel perfusion (RAxA, LCCA)

図3.Separated Graft Technique

図4.Separated Graft Technique

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