大腿動脈-膝窩動脈バイパス 膝関節下部

埼玉医科大学総合医療センター血管外科
佐藤  紀

【適応】

  大腿動脈閉塞は多く見られる疾患である。大腿動脈の緩徐な閉塞は間欠性跛行の症状を来すことが多く、安静時痛や阻血性の組織欠損を伴う重症阻血は急速な閉塞や、多発性の動脈閉塞に伴うことが多い。重症阻血は血行再建の絶対的適応であるが、間欠性跛行肢の予後は一般に良好である1)ので、患者のライフスタイルを大きく妨げていない限り、間欠性跛行は血行再建の適応とはならない。

【術式の選択】

  最近血管内治療が多く行われるようになってきたが、鼠径靱帯以下の閉塞性動脈硬化症における手術と血管内治療の成績を比べたランダム化比較試験(RCT)はBASIL trialのみである2)。これによると短期成績は両者に差はないが、自家静脈がある限りは手術を受けた群のほうが、2年以降では良好な経過をたどることが分かった。我々は特に下腿動脈に対する血管内治療は時に重篤な結果を生むのできわめて慎重に当たるべきであるとの考えに賛成する3)。末梢吻合部の選択については、自家静脈を用いる限り、膝上でも膝下でも開存成績は変わらない4)ので、膝上の宿主動脈の性状が不良の場合は膝下までバイパスを延長すべきである。膝下への人工血管を用いたバイパスの成績は不良であり、極力使用を避けるべきである。自家静脈を反転して使用するか、in-situで用いるかについては古いRCTがあり、これによると両者に差はないが、細い自家静脈ではin-situの方が成績がよいとされていた5)。しかしこれは30ヶ月のみの観察に基づいた研究であり、以後に発表された10年の長期にわたる研究では、逆に反転自家静脈の方が細い静脈において良好な成績であったという結果が報告されている6)。本稿ではスタンダードと考えられる反転自家静脈を用いた術式について述べる。
【術前準備】
  下肢閉塞性動脈硬化症(PAD)患者では冠動脈疾患を初めとする動脈硬化性の合併症の頻度が高いことが知られている1)。しかしこれらの合併症は各疾患ごとの治療適応により対処されるべきであり、たとえばPAD治療のためのみに冠血行再建を行う必要はない7)。術前のβブロッカーの使用はACC/AHAガイドラインでは推奨されていた8)が、最近のRCTでは、心筋梗塞の頻度は減少させるものの、低血圧、徐脈、脳梗塞の頻度が上昇し、生存率の向上に寄与しないことが示されており、慎重であるべきだろう9)
  エコー検査を行い、術前に大伏在静脈の径を確認し、その走行を皮膚にマークしておく(図1)。これにより静脈採取の際のskin flapを最小とし、創合併症の減少を図る。またエコー検査は被吻合血管の性状の把握にも役立つ。超音波検査は外科医が自ら行い、所見を十分に頭に入れておくことが必要である。
【術式】
  仰臥位とし患側下肢の膝関節を軽度屈曲させ大腿を外転・外旋させる。術前のマークに沿い、いくつかに分けた皮切をおき、大伏在静脈の表面を露出する。卵円窩から膝窩動脈吻合予定部位の少し遠位まで露出したら、末梢を切り離し、分枝を4-0絹糸で結紮しつつ大伏在静脈を遊離する。Saphenofemoral junction (SFJ)はこの時点では切り離さず、SFJ近傍の太めの枝から大腿静脈までテフロン針を挿入し、ヘパリン1000〜2000単位を入れた注射器に20mlほど自己血を採取する。SFJ近傍の大伏在静脈に鉗子をかけ、末梢から採取したヘパリン加自己血を静脈内に注入し、軽く圧をかけて静脈を拡張するとともに、漏れがないかを確認、縛り残しの枝があった場合にはモスキート鉗子でつまんで結紮する。大伏在静脈に自己血を満たした状態でSFJを切離し、乾燥しないようにしめらせたガーゼに包んで置く。
  静脈を採取した創から総大腿動脈を露出する。動脈周囲の脂肪組織の中にはリンパ管が多いので、結紮しつつ露出を進める。中枢側吻合部として浅大腿動脈、あるいは大腿深動脈を選択した場合も同様である。
  膝下でやはり静脈採取創から内側アプローチで遠位膝窩動脈を露出する。下腿筋膜を皮切の方向に切開するが、このとき、切開の上端がやや後方に向かうようにするのがやりやすい。鉤で腓腹筋を後方に牽引すると膝窩静脈、続いて膝窩動脈が現れるが動静脈は表面を露出するのみとして全周性の剥離は行わない。ここで動脈の前面に6-0ポリプロピレン(PPP)糸でマーキングを行う(図2)。糸が内腔に入ると少量の出血が見られ、開存が確認できる。
  末梢から全身にヘパリンを投与する。我々は通常の体格の日本人では2000単位ほどの少量としている。これでACTが160-200秒ほどとなることが多い。
  吻合は中枢側から行う。総大腿動脈、大腿深動脈、浅大腿動脈を鉗子で遮断し1.5cm程度の縦切開を置く。採取してある自家静脈を反転して6-0PPP糸で動脈に吻合するが、静脈のheelが狭くなりやすいので、ここにあらかじめ数針結節で糸をかけておく。吻合が終了したら鉗子をはずし、自家静脈が血圧で拡張するようにする。こうすることで、トンネリングの際に静脈がねじれるのを防止できる。
  トンネラーを用いてグラフトを導くが、大腿部では縫工筋の背面、膝窩部では解剖学的経路を通す。グラフトが膝下に出たら、患肢にストッキネットを巻き上げ、大腿部にpneumatic tourniquetを巻く。下腿からtourniquet下までエスマルヒ帯を巻き上げ、tourniquetを加圧するが、動脈の石灰化が無い場合には圧は250mmHgほどで十分である(図3)。
  膝窩動脈にマーキングとしてかけておいた糸を持ち上げながら11番メスで動脈を切開する。こうしないと、駆血で動脈がつぶれているので、後壁を切開する恐れがある。ポッツ剪刀で切開孔を開大して1.5〜2cmほどにする。動脈は周囲組織から剥離されていないので、切開孔は自然に広がる10)(図4)。動脈のheelに2針、toeに3〜5針結節で6-0PPP糸をかけておき、自家静脈を斜めに切って結節縫合の間は連続で吻合する。吻合終了後tourniquetの加圧を解除する(図5)。自家静脈を用いている限りでは吻合中に自家静脈内に血栓を形成することはない。プロタミンは不要である。通常ドレーンは入れずに閉創する。
【術後管理】
  手術翌日から通常の食事を開始し歩行を許可する。同時に抗血小板剤の投与を始めるが、ワルファリンは使用しない。抗生物質は術中の投与のみにとどめる。
【特異的術後合併症】
  出血。閉塞。感染。漿液腫は自家静脈採取部の下端におこることが多く、自家静脈周囲にはまれである。

【図表の説明】

【文献】

1) TASC II Working Group. Inter-Society consensus for the management of peripheral arterial
    disease (TASC II). J Vasc Surg 2007;S5-67
2) BASIL trial participants. Bypass versus angioplasty in severe ischaemia of the leg (BASIL):
    multicentre, randomised controlled trial. Lancet 2005; 366: 1925-34
3) Beard JD. Which is the best revascularization for critical limb ischemia: Endovascular or open
    surgery. J Vasc Surg 2008; 48: 11S-16S
4) Pereira CE, Albers M, Romiti M et al. Meta-analysis of femoropopliteal bypass grafts for lower
    extremity arterial insufficiency. J Vasc Surg 2006; 44: 510-7
5) Wengerter KR, Veith FJ, Gupta SK et al. Prospective randomized multicenter comparison of in
    situ and reversed vein infrapoplital bypasses. J Vasc Surg 1991; 13: 189-99
6) Watelet J, Soury P, Menard J-F et al. Femoropopliteal bypass. In situ or reversed vein grafts?
    Ten-year results of a randomized prospective study. Ann Vasc Surg 1997; 11: 510-9
7) McFalls EO, Ward HB, Moritz TE et al. coronary-artery rvascularization before elective major
    vascular surgery. N Engl J Med2004; 351: 2795-804
8) Eagle KA, Berger PB, Calkins H et al. ACC/AHA guideline update for perioperative
    cardiovascular evaluation for noncardiac surgery - executive summary. J Am Coll Cardiol
    2002;39:542-53
9) POISE Study Group. Effects of extended-release metoprolol succinate in patients undergoing
    non-cardiac surgery (POISE trial): a randomized controlled trial. Lancet 2008; 371: 1839-47
10) Sato O, Miyata T, Shindo S et al. Nondissection method in distal arterial bypass surgery.
    ActaChir Belg 1999; 99: 147-50

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